東京高等裁判所 昭和40年(う)2056号 判決 1966年3月10日
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
被告人を懲役二年に処する。
但し、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
被告人から金一四八万九、一五〇円を追徴する。
原審の訴訟費用中国選弁護人永田喜与志に支給の分を除きその余は全部被告人の負担とする。
理由
所論の要旨は、本件の公訴はまず原判示第一の(二)の虚偽公文書作成およびその行使の事実を起訴し、後に原判示第一の(一)の加重収賄の事実と同第一の(三)(四)の単純収賄の事実を起訴しているのであるが、右虚偽公文書作成、同行使の事実が加重収賄の刑が加重せらるべき原由たる事実そのものであるならば、前者は後者に包含されて一罪となり只前者の事実が虚偽公文書作成、同行使の罪名に触れ、刑法第五四条第一項前段を適用すべき場合に該当するのである、従つてこれらの事実は一罪として起訴さるべきであるのに検察官が前記のように二回に起訴したのは違法であり、後の起訴は当然公訴棄却すべきものであつた、然るに原判決がこれをなさず、併合罪として原判示第一の(一)(二)の二個の犯罪として処断したのは、公訴を不法に受理した違法と、一罪を併合罪と認定した違法があるというのである。そこで記録を調査するに、本件の公訴は昭和三九年七月八日原判示第一の(二)の事実に相当する虚偽公文書作成、同行使の行為を起訴し、次いで同月二三日原判示第一の(一)の加重収賄の行為および原判示第一の(三)(四)の各単純収賄の行為に相当する事実を起訴したこと、そして原判決は右(一)の加重収賄と(二)の虚偽公文書作成、同行使を併合罪にあたるものと認定処断していること所論のとおりである。しかし原判示第一の(二)の虚偽公文書作成、同行使の事実は、同第一の(一)の加重収賄として認定された事実のうち収賄の刑の加重をすべき原由たる不正行為事実と同一の事実であり、只その不正行為が他の罪名に触れる場合であるから、右(一)と(二)との各事実は、刑法第五四条第一項前段の一罪として処断すべき行為というべきである。従つて原判決が右(一)の加重収賄の罪と(二)の虚偽公文書作成、同行使の行為とを別個の罪で併合罪にあたるものとして処断したのは、所論のとおり法律の解釈、適用を誤つたものであり、この誤が判決に影響を及ぼすことは明白であるから、原判決はこの瑕疵により破棄を免れないものであり、この点の論旨は理由がある。
ただしかし、右虚偽公文書作成、同行使と加重収賄とは右のように一罪であるから、検察官が前者の事実と後者の事実を各別に公訴提起の手続をとつたのはその形式が明らかに違法であり、後に追起訴した加重収賄の事実は、先きに起訴した虚偽公文書作成、同行使の公訴事実の訴因変更の手続をとつて審判を求むべきであつた。尤も原審検察官は原判決とひとしく、右各犯罪事実は別個の併合罪にあたるものとの見解を持つていたのかも知れないし、或いはこの点について深く考えていなかつたのかも知れないが、いずれにしても後の公訴提起は形式上違法といえないこともないから、原審において当初この部分については公訴棄却の処分をし、改めて訴因変更の手続により加重収賄の事実の審判を請求させるべきであつたが、原審は前記のように両者が別個の二罪で併合罪にあたるとの見解をとつたのであるから、追起訴事実について公訴棄却の措置をとらなかつたのは当然である。
ところで右のように加重収賄についての追起訴は、検察官が審判請求の手続を誤つたものではあるが、検察官としては先きに起訴した被告人の虚偽公文書作成、行使の行為は、追起訴の収賄行為の結果としてなされた不正行為であり、両者が原因結果の関連を有するものとして一体として加重収賄罪を構成するとの見解をもつて同時に一括して審判を求める意図で追起訴の形式をとつたものであり、原審においても両者の関連関係を認めて同一訴訟手続において審理し、被告人はまた双方の事実について十分に権利防禦の行為を尽しているのであるから、前記加重収賄の公訴は、その審判請求の手続を形式上誤つているが、実質上は一罪についての二重起訴ではなく、訴因変更の趣旨でなされたものと解せられないこともないから(昭和三四年一二月一一日最高裁判所判例参照)、原審が右追起訴の部分について公訴棄却の措置をとらなかつたことは、結果において正当たることを失わないということができる。従つてこの点の論旨は理由がない。(久永正勝 井波七郎 宮後誠二)